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1991-2017

あやつりやすいこども

子どもが芸大・美大に行きたいと言ったら止めてはいけない - MIKINOTE

絵を描いて生活したかった。


小さい頃から絵を描くのが好きだった。
それなりに評価もされていたし、
(といっても校内で表彰される程度だったけれど)
純粋に楽しかった。

決められたテーマにそって描く。家に帰ってからは好きな少女漫画やアニメのキャラクターの絵を描いていた。

画力よりも、発想が豊かだねと言われた。
きっとその発想力なるものは私の武器なんだとさえ思った。



中学になり、友達と相談して、何となく美術部に入部した。
友達は勉強熱心な子だったので、「内申点に良いから」と言っていた。

部活動で、他の部員の、様々な絵を見る。デッサンする人、漫画を描く人、コピックを使う人、様々だった。
私は画材というのは絵の具と鉛筆しかなかった。美術室にあるものは自由に使って良いとのことだったが、よくわからなかった。絵の具も、授業で使うぶんが減ってしまうと困るからと使わなかった。


中学三年生の夏休み、部員全員で、顧問の先生が所属するアトリエに行くことになった。
「先生はディズニーランドのIt's a small worldの内装を塗ったんだよー、楽しかったなー。」と、行きのバスで話していた。


到着する。
部長が先生に6本入りのビールを2つ渡す。
先生は予め、部長に差し入れにビールを頼んでいたらしい。
私は何だか不安になった。怖くなった。
いつも以上に自由な、先生のその佇まいに。
未成年にアルコールを持たせるか?というところで、常識がない人だと思った。

こぢんまりとしたアトリエ、壁には自由に 画なのか図なのかわからないものが描かれていた。
一通り案内してもらい、大きな彫刻像が置かれた部屋で行き止まりとなった。

「ここで、この像を皆さんに描いてもらいたいと思います。」

わからなかった。
足から描き始めれぱいいのか?頭か?
まったくといっていい、私は消ゴムを何度もかけるだけで何も紙に残せなかった。
自分の「絵を描くことが好きな気持ち」がわからなくなった。


高校三年生。
私は高校で部活に所属していなかった。図書館での自習中、何となく絵を描いたり、日記のような文をノートに書いたり、自分のことに没頭する時間は多かった。
ただ、あまりにも熱心に消ゴムをかけたり、シャープペンで紙の面積を塗り潰す「シャッシャッ」という音を周りが気にしたのだろうか、他の生徒から視線をもらうことがあり、やめた。

選択授業で美術は取っていたが、高い油絵セットを買わされた記憶が濃い。
材料費は自費でオブジェを作りなさいという課題に対しても、紙とティッシュを使ってヤル気なしに過ごした。

授業一日目の美術教員の自己紹介があまりにもあれで、彼の変態具合に気味が悪くなり意欲が湧かなかったのもあるが、表現することとは何か、という根本的な問題で私は引っ掛かっていた。


受験用の試験勉強が始まる。
型にはまった勉強。暗記。退屈。
しかし自由が怖い私はそれに没頭しようとした。
柔軟な考え方を奪われていく感覚。
単調作業。試験に落ちれば英単語を何十回と書いていた。



大学には行けなかった。

社会が都合よく教育しようとした学生の失敗作。
芸術の世界に憧れながらも、怖くて逃げてしまった臆病者。

私は今でも自分の人生に悩む。