1991-2017

SM嬢はお客(患者)の欲求にこたえる精神分析家

ノリで結婚したというけど
家族になれたらきっと寂しくはないよね

大切な居場所の作り方は軽はずみに決めちゃよくないと思うから、理解出来ないけど
拠り所が必要な時の気持ちを考えると血が滲んだ傷口が見えてしまう。

人が嫌いで自分も嫌い。誰も信じていない…。
それなら処方される愛情も普通じゃ間に合わない。

墓を掘り起こされる

忘れてた寂しさ

びくびく怯えずに 会話ができて
目を合わせながら
真っ直ぐに自分が発言できるのが嬉しくて
無理せずいられる場所
どんな話でも、批判からは入らない優しい人
言葉の選び方や 声音が穏やかな人
自然体からそう。


失恋ソングに感情移入ができなかったけど、
THE BACK HORNの冬のミルクに
ぐっと寂しい気持ちが加わって歌声がいつもより優しく感じた気がした。

コンタクトレンズ

今年5月、ついにコンタクトデビュー
「新しい私デビュー」! 笑

ずっと
カラコンもディファインも否定派でしたが

周りの女性との優劣の差が
著しくアレしてきてしまったので
劣に属する自分は背伸びしました。。笑

やってみたら、眼鏡を作るより
コンタクト半月分のほうが安かったです。
いつも裸眼で生活してるし
あまり使わないので💭

短期間ですが3種レポ

SEED アイコフレ

初めて使ったコンタクトレンズ
装着感💮ズレなくて快適でした!
見た目はまぁまぁ自然
片目で外して比べると歴然
ノーメイクだと、瞳だけ浮いちゃうかもでした。
めかしこむとき用。

アキュビューディファイン

シェアは多いのかな?
個人的にはレンズが小さくずれやすかったです。
又、とてもプルンッとしてるから滑ってしまい
最初は装着が大変でした。

度数は同じもので大丈夫。
ただ、アイコフレで慣れてると
視界がグラつく。レンズが揺れて合わない感じ。

アルコン イルミネート
自然で好きな感じでした。付けた感じは軽い。

レンズの質は
アイコフレ>イルミネート だと
説明されました。使うと確かにそうかも。

同じ度数では弱かったです。

目が疲れてしまったのか、瞼が少し痛いです。
眼科さんは、「痛くても何ともなってないよ〜」とスルー気味でしたが自分が主張を粘りました。目はホント怖いの...何も悪くなっててほしくないの..(泣)
処方された抗生物質の点眼薬で消毒中です。

限りあるお金、納得した買い物を。

・・・

仲良くしないで。

やだ

私のことを大切にして。

私のことをいつも忘れないで。

私が一番だと言い続けて。


私が心細くて死んじゃわないように。


言われたことは信じたいから

本当のことを聞かせて。

「本当に君だけが好きだよ」と聞かせてくれても…
もしかしたらあなたはやましいことをしているかもしれないから詮索させてね。
もし本当にやましいことをしていて、証拠があって、言い逃れもできないってときの感情は
そのぶん私への愛に変えてたくさん愛して。

ソール・ライター展

鏡のなかの姿、雨粒に反射する僅かな光、窓越しに写る曖昧な姿形をした人物・・・。

ただでさえ、写真というのは撮影者が切り取るものなのに、
鏡や、雨粒や、窓が切り取った被写体を更に切断する・・・。

大胆な色彩だと思いつつも、緻密さが伺える写真ばかりだった。
とくにファッション誌のために撮影していたもの(ソール・ライターがビジネスとして撮影していたものたち)は
帰宅してホッと考えてみた今、写真から情報を読み取ろうとすると疲れた・・・。


無視されるとは偉大な特権である。

ソール・ライターは
街のペンキ塗り屋の仕事風景や、靴磨き屋の靴を写真に切り取っていた。
地下鉄の階段で、項垂れるように座る人。

日常のなんでもないような 見逃してしまいがちなこと・もの を切り取り
その存在にスポットライトを当ててくれる。
彼の世界の色が写真にそのまま表れているようにさえ思った。

『日曜の朝、修道院にて』は、
日常のこまかなことを汲み取るのが巧みな彼だからこその美しい写真だった。

共通認識としての「大切なこと・もの」・・たとえば恋人や家族・・・というような存在も
ソール・ライターの世界では際立って鮮やかで、
芝の上に寝転がる女性の呼吸が聞こえてきそうな、その場の空気を吸ったような
なにかが吹き抜けた印象を残して今もボンヤリと(まるで自分の、ずぅっと過去の思い出のように)浮かんでくる。

幸せの秘訣は何も起こらないことだ。
幸せはどこだ?と探したり、幸せになりたい!と叫ぶと
生存本能強そう・・・と思う・・・。
繰り返しの日常から自分の視点で幸せを切り取るほうが自分は好きだ・・・。
でも、これは・・・「くだらない!」と切り捨てるひともいると思う・・・。
切り捨てないまでも、「それがどうしたの?」で終わってしまうことかもしれない。


このソール・ライター展、平日にも関わらず結構混んでいた!
そこで 進路順に進んでいくんだけども
すぐ隣にいたご婦人が作品の横で、一人、フフ。。。っと笑った。

文字の書いてあるプレートで
カメラのアシスタントが「また傘の写真ですか?」と呆れるのを
ソール・ライターが「僕は傘が大好きなんだ!」と返すエピソードが書いてあった。

だからこのご婦人は、ソール・ライターの無邪気さに笑みがこぼれたのか?と、その場にいた私は思った。
でも、話だけを聞かされた友人曰く、「バカにしてフフっと笑っちゃったんだね」と仮説立てていた。

なるほど

・・・
誰かの笑みがこぼれる瞬間を目撃したことの、なんと稀有なことか!

その笑みがあどけなくて
くだらなくて(私はフフ。。と笑う価値観は持ち合わせていなかった)


とるにたらない存在でいることには、はかりしれない利点がある。

展示会のなかでは、ヌード写真の隣のパネルにそう書いてあった。
「ささやかで濃密な女性との時間が彼の芸術への・・・」とあったけど、ちょっと違うかなあ?とか思ってた。